コワーキングスペースUmidassを運営したきっかけ
コワーキングスペースUmidassを運営したきっかけ
コワーキングスペースUmidassを豊中で開業してから1年が経過しました。コワーキングスペースを1年運営してきて感じたことを書いていこうと思いますが、そもそもUmidassを開業したきっかけから書いていきます。
前回に書いたように、コワーキングスペースではないですが、似たようなスペースを運営したいという考えはかなり以前からありました。
会社を辞めたのが2013年の8月
会社を設立するまではサラリーマンをしていました。大学を卒業してから何回か転職をしたのですが、最後の会社は京都のWEBコンサルティング会社で11年ちょっといました。入社したときに5人の会社が辞める時には70人以上いましたので、古株ということもあってわりとえらいさんでしたw
辞めたのは、その前から実家の安楽寺のこともあって会社に許可をもらって2足のわらじ状態でしたが、朝に実家の仕事をして昼からは会社という生活をしていたのと、会社の仕事で諸々あって体調を崩してしまったからです。
会社を辞めてから2年近くぶらぶらしていました。
会社を辞めてから、ネットショップを運営しながらぶらぶらしていました。今だから書けますが、ネットショップは副業として10年近く運営をしていました。実際には、ほとんど家族に実務をお願いしていましたが、小遣い稼ぎぐらいの形で運営をしていました。で、会社を退職後に収入が必要なので、規模を拡大して運営をしていました。でも、家族を養うくらいの規模で1人でネットショップを運営するくらいだと結構時間がありました。商品の梱包、発送は毎日3~5時間くらいかかるのですが、逆にそれ以外の時間は空いてるという感じでした。でも、商品は毎日発送しないといけないので休みというのは取れないのでどこかに出かけるというのは難しくてパチンコに行ったりしていました。
自宅でネットショップ運営は孤独
そういう生活を1年半ほどしていたのですが、自宅でネットショップを運営するというのは割と孤独です。家族以外に話をすることもありません。(実家のお寺の仕事はしていたのでそこでは人と会いますが。。)なんで日によっては最初にしゃべるのがパチンコ屋の店員って感じです。
そんなときに高槻にコワーキングスペースができた
とはいえ、体調を崩して会社を辞めたこともあって、1年くらいはのんびり過ごしていました。ただ、そんな生活も1年続くと飽きてくるし、ネットショップも自宅では在庫量などを考えるとこれ以上は拡大できないし、でも事務所や倉庫を借りると固定費が負担なのでどうしたもんかなという日々を過ごしていました。当時、コワーキングスペースというのが日本に増え始めていて、自宅のある高槻にもできました。高槻コワーキングスペース I’ll beさんです。ネットショップの仕事は在庫のある自宅でないとできないので、たまにでしたが行くようになりました。
新しいサービスの開発拠点が欲しいのと郊外型コワーキングスペースの可能性を感じて
ネットショップは利益があがっていましたが、あくまで一時的な収入源として捉えていましたので、そろそろ新しいことをしたいなと感じていました。それには、自宅では人を呼べない等の理由もあって限界だったので拠点が必要でした。
また、高槻コワーキングスペース I’ll beさんに行く中で高槻コワーキングスペース I’ll beさんはJR高槻駅の駅前なんですが、もっと郊外にあったらよいのに感じました。特に当時の私のように会社帰りなど駅に行く理由がない人にとっては郊外でもいいんじゃないのかという思いがありました。その方がコインパーキングも安いし、雨の日とかは車で行けるのにって思っていました。
あとは実家のお寺の仕事もあるので、移動時間ももったいないので、このUmidassのある建物を活用してコワーキングスペースを運営することにしました。
続きはまた明日かな。